私が25歳で仕事を辞め、社会人留学を決断した理由

皆さんこんにちは、ShunGoです!


今回は、自分の留学に至るまでの経緯についてお話ししようと思います。

”何となく就職して社会人になったけど、海外留学・就職の夢を諦めきれない”

”社会人留学は不安、今からでも遅くないかな?”




そんな方にとって少しでも勇気づけられる記事になっていると思います。



多少長めの記事になるので、全部読むのが面倒くさかったら、青字の部分だけで要点掴めるようになっているので飛ばし読みしちゃってください!!

目次

【学生時代〜社会人1年目】”挑戦”よりも”安定”を優先


私はごく普通の、千葉県で生まれ育った男です。


高校時代はサッカー部に所属し、部活に勉強にそれなりに楽しく青春時代を過ごしていました。

英語や海外にもずっと興味があり、修学旅行で行った台湾は最高でした笑


大学受験シーズンになり、自分にとって2つの選択肢がありました。

①医療系大学で医療の専門知識を得て理学療法士になる
②英語や国際的なことを学ぶため外語大に進学する


結局①を選んだのですが、理由は

・医療系大学への公募推薦枠が与えられていた
・家族や先生から国家資格は安定だと言われた
・早く受験を終わらせたかった


今にして思えば、いずれも浅い理由だったと思います。




大学進学後は医療の専門的な勉強をしつつ、やっぱり漠然と”英語・海外”に携わる仕事がしたいという気持ちがあり、学外で関連活動に精力的に取り組みました。




海外バックパック、クラウドファンディングで資金調達しノルウェーで国際スポーツ大会の調査、国際医療系学生団体に所属し国際学生学会での登壇、短期語学留学などなど、、、




大学2年の春、改めて外語大へ進学したい気持ちが高まり自主退学を本気で考え親に相談したこともありましたが

「大学卒業して、”大卒”という学歴と”理学療法士”という国家資格を取得した後なら何でもやっていい」

という説得を前に沈み、そのまま医療系大学を卒業し、国家資格も無事に取得しました。




そして卒業後、いよいよ自分のやりたいことをやれると思い、”海外留学”の文字が浮かびました。

でも資金がない!まずは働いて留学資金を貯めよう!!



ということで最終的に、都内の国際病院に理学療法士として就職したのです。

【新卒11ヶ月で退職〜留学中止】コロナに潰された挑戦の第一歩



仕事は大変でしたが、同期や上司に恵まれた職場でとても充実した生活を送っていました。




患者さんのリハビリ中は色々な話をするのですが、その人の人生についての話をすることもあります。

その中で多くの患者さんが同じことを言っていることに気づきました。

それは

若い時にもっと自分のやりたいことをやっておけば良かった

という言葉。



その言葉を聞いたときに自分の中で「留学を実行し成功させる」という目標は固い決意になっていきました。



そして働きながら資金を貯めつつ、英語学習や現地カレッジの情報収集などを行い、新卒で入社した職場を11ヶ月で退職しました。


そして予定通りカナダ留学へ行く、その筈でしたが・・・

不運にも、コロナウイルスが世界的に流行し始めた第一波のタイミングとバッチリ被ってしまったのです。





「すぐに収まるだろう」と状況が落ち着くのを待っていましたが、良くなるばかりかさらに悪化していき、結局留学は断念せざるを得なくなりました




学生時代から芽生えた目標を達成するためのスタート!というタイミングでの出来事で完全に出鼻を挫かれ非常に悔しい思いをしました。

【半年に及ぶニート時代】”優等生”の重荷が下りた不思議な瞬間



コロナの影響により直近で留学に行けないと分かり、いつ頃収束するのかも全く分からない状況。


そして考えて出した結論が

どうせならこのまましばらくフラフラしてみよう


でした。


勘違いも甚だしいことは重々承知していますが、私は学生時代”優等生”でした。

ここで意味する”優等生”というのは、
「先生や周りの大人の期待に沿うことをする、大人から気に入られるタイプの良い子ちゃん」
という意味です。




そんな環境で、いわゆる敷かれたレールの上をただひたすら歩んできた自分にとって「ニートになる」ことはある意味ご法度でしたが




このタイミングで今までの自分にはできなかった選択をしたことで、何だか心が軽くなり解放された気分でした。






ニートしてる間は、とにかく自分の興味のあるものを片っ端からやってやろう!!
と思い、本当に多くのことを体験しました。

・プログラミング、LP制作
・英語・海外文化系YouTubeチャンネル、Podcast開設
・動画編集、音声編集
・noteで英語学習法や国際問題の記事執筆
・英語の勉強(IELTS)
・UberEatsの配達員
・英語オンリーのツアーガイド

などなど。


途中からはアルバイトもして、ニート・フリーター時代はそこそこ楽しく過ごしていました。

【異業種転職〜9ヶ月で適応障害】日本社会の闇を感じた人生の暗黒期



新卒入社した病院を退職して半年ほどニート&フリーター生活をした後、


コロナの状況は数年間続くことが予想できたので、思い切って国内で転職をしようと思い立ちました。

転職して数年間働いて、コロナが落ち着いたタイミングで留学に再挑戦だ!!




そんな気持ちで、どうせなら全く経験したことない領域で英語が使える職場がいい就職したのが貿易系のベンチャー企業でした。その企業は、

・従業員数は30名ほど
・カナダ、フランス、ブラジル、ベラルーシ、オーストリアなど多国籍の外国人従業員がいる
・社内は英語・日本語・フランス語が飛び交い、日常的に英語を使う環境


とても良さそうな環境でしたが・・・・・



結果的に、私は入職してから9ヶ月で精神的に病んでしまい、適応障害となり自分の心身の健康を第一に考えて退職しました。



原因は色々ありますが、主な理由は

1人の上司との人間関係が全く上手くいかず、部下に責任を擦りつける風潮、長時間労働に耐えられなかった



からです。


その上司は明らかに人によって態度を変える人間性の持ち主でした。同期や先輩の中にもその上司の”ターゲット”にされる人はいて、自分もその中の1人。毎日理不尽に怒られ、朝の8時から夜の22時まで働く日々が続きました。



自分が全て悪いと思い、ひたすら謝りストレスに耐えながら、改善しようと努力していたつもりでした

しかし、ある日の出勤の電車内で、仕事のことを考えていたら急に動悸と涙が止まらなくなったのです。


直感的にこのままではヤバいと感じて電車を降りました。




その後精神科で適応障害と診断され、出社できなくなってしまったのです。




”理想の働き方・生き方”という視点で人生を考える良いきっかけになりました。

【再転職・復職〜現在】今、始まろうとしている第二の人生


ブラック企業を退職し、自分は改めて何がしたいのか、何に対して情熱を感じるのかを見つめ直しました。



そこで出てきたのが、

英語なら頑張れる、海外挑戦してる人を見て応援したくなる、自分も海外で生きる道を模索したい

という素直な気持ち。



そして、

コロナで潰れた海外留学に来年(2022)挑戦してやる!!

そう心に決めました。




ダメ元で、新卒入社した病院の上司に「留学までの期限付きで復職したいです」と頭を下げました。

そして寛大すぎる上司と病院のおかげで私は新卒入社した病院に復職することができました。





さらにもう1つ職を手に入れ、留学までの充電期間を万全な体制で整えることができたのです。


いずれも理学療法士という国家資格を取得していたことで実現したこと。国家資格や医療系専門職は食いっぱぐれないという言葉の意味を身に沁みて感じた瞬間でした。





そして今、2022年7月。渡航を3ヶ月後に控え、働きながら着々とカナダ留学に向けた準備を進めています




この3年間で、新卒での就職、短期退職、ニート&フリーター、異業種転職、ブラック企業の実態、心の病などジェットコースターのような激動の体験をしました。




今は毎日が充実しています。本当の勝負はこれからですが、胸を張って自分の人生を歩み始めたと言えます



それは他人の期待に沿う人生ではなく、自分の突き詰めたいことに挑戦する覚悟ができたからです。





この先上手くいくかはわからないけれど、全て自分次第であり、この決断自体に大きな意味があります




あとは思う存分突き進むだけ!頑張りますよ!!😄

読者の皆さんに伝えたいこと


いかがだったでしょうか?



私から、これから留学を考えている社会人の方々に伝えたいことがあります。それは

・挑戦するのは何歳からでも遅くない。
・失った年月を悔やむのではなく今すぐに行動に移してほしい。

頑張っていれば応援してくれる人は必ずいる。


ということです。



この記事が1人でも多くの方の挑戦の後押しとなれば嬉しいです!



最後まで読んでくれてありがとうございました😊



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